森岡毅の揺るがぬ信念 「沖縄は日本の観光の中心になる」言い続けた13年
嵐が来たようだった――。
2001年の開業時からUSJにいたある社員は、森岡が転職してきたときのことをこう振り返る。森岡はこの頃、37歳。若さも相まって、今以上にエネルギーに満ちあふれていた。
あまりに元気が良すぎた。これでは周りの社員との摩擦が大き過ぎて、森岡の良さを引き出せない。調整役の財務担当者を新たに採用しようと入社してきたのが、現刀CFO(最高財務責任者)の立見信之だ。
「事前に聞いた森岡の評判はネガティブだったから、とんでもない人なんだろうと思っていた。しかし、彼と会ったとき、いきなり『僕はモンハン(モンスターハンター)のイベントがやりたい』と勢いよく話し出して。面白いなと思ったのが最初の出会い」
チャレンジする大切さ
「ユニバーサル」という外資の看板を掲げたユー・エス・ジェイは、外からのイメージとは裏腹に、実態は旧態依然とした伝統的な日本企業のようだった。森岡は結果にこだわらず、チャレンジすることを推奨する表彰制度を設け、変化を望まない社員に、失敗を恐れずバットを振ることの大切さを伝えた。
共にチャレンジをして、それが結果として表れ、社員の自信へと変わっていく。「できる」と分かると社員は次第に自ら動くようになっていった。それまでは成長する術すべを知らなかっただけ。どんな企業も正しいマーケティングを身に付ければ変われる。のちの刀のコンサルティング事業の原型はここにある。
(写真=菅野 勝男)
森岡は、これだと思えば一直線に向かって目標にまい進していく。その姿勢は、USJでも際立っていた。
「あなたたちは地元経済の発展を本当に願って事業をやっているんですか」
誘客対策で協力を求めにいった地元の大手インフラ企業で、前向きな態度を示さない相手にこう言い放ったこともある。USJの式典で事前に出席の約束を取り付けていた関係省庁の幹部が態度を翻意すると、庁舎まで乗り込んだ末に出入り禁止を食らったことも。ときに失敗もあったが、それ以上に果実は大きかった。
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